こころの底から望んでいる人生の見つけ方、教えます!
人生がつまらなくなった人へ、あるいは人生がつまらなくなりそうな人へ送ります!
例えば、以下のような人
「今日は、木曜日か、あと一日だな! 今週も何とか、ここまで来た。今度の土日、何しようかな?・・・でも、こうして楽しみにしていた休みもあっという間に終わってしまって、がっかりするんだろうな。
それどころか、最近は休みに入った途端、ああ、この休みもすぐに終わるんだなと、だんだんとがっかりするのが早まっていく。
こんなことならいっそのこと、がっかりさせる休みなどなければいいのにと思ってしまうぐらいだ。ずっと休みならどれだけ幸せか。」
こう思うのは、恐らく私だけではあるまい。
もしかすると巷で多くのサラリーマンが心でつぶやいているに違いない。
さらに、「いつか宝くじでも当てて、数億円入れば、ずっと幸せな土日でいられるな。」と考える人もかなりいるはず。実際、臨床現場で多くのサラリーマンから聞く言葉だし、いつも私の脳裏に浮かぶ考えでもある。
ああ、あこがれの隠居生活!
だが一方で、退職してから、困難に陥っている人が多いのも事実。
好きなだけ動画を見たり、旅行に出かけたりしたがすぐに飽きてしまった。
そんな風に家にいることで妻からは、邪魔扱いされ、何かボランティアでもと思っても、よくわからないし、きっかけもつかめない。近所の人もよく知らない。
こうして一日、目的もなく過ごしていると、何もかもが億劫になる。そんなとき、妻から何か頼まれても、私の場合、不器用で日曜大工も苦手だ。
こんな私だから、妻からは役に立たないと思われている。
「これがずっとサラリーマン時代にあこがれていた隠居生活か!」と嘆く。
私は、いったいどうしたら幸せになれるのだろうか。
こんな方へ、望んでいる幸せな人生の見つけ方教えます! 「ACTの価値のワーク」より
イメージしてください、あなたの葬儀を!
そこには、あなたの家族、子どもや奥さんがいます。
そして今までのあなたをよく知っている友人や知人が多く参列しています。
あなたは幽体離脱して、自分の葬儀の模様を少し高いところから、見物しています。
そして、そこにいる多くの参列者があなたの人生がどうであったかに思いをはせています。
何故か、あなたはその人たちのあなたへの人生の評価が分かってしまいます。
それは死んだ者の特権として、自分の葬儀の時だけに与えられたものです。
さて、あなたはあなたをよく知っている家族や友人知人に
どんな人生だったかと思われたいですか?
あなたと人生を共にしてきた妻には何と思われたいか?以下に書いてみましょう。
「
」
続いて子どもにはどう思われたいか?名前別に書いてみましょう。
「
」
先に逝ったお父(母)さんにはどう思われたいか?生涯を振り返って何と言われたい?
「
」
あなたが大切に思っている人たちに、あなたの人生がどのようであったと思われたいかが、おそらくあなたが
“こころの底から望んでいる人生”かもしれません。
急に言われてもと、書けない人も多いでしょう。じっくり時間をかけて書いてみましょう。
何度も書き直してもかまいません。自分に一番しっくりくる言葉を書き上げましょう。
それがあなたの“こころの底から望んでいる人生”に最も近いものになるはずです。
私は以前、あるクライエントに同じことを聞いてみた。
その人は、重度の自閉症の幼いお子さん3人を抱えながら、孤軍奮闘している女性である。
私が最も尊敬している女性のひとりだ。
彼女に「今一番幸せを感じるときは?」と尋ねると、少し考えながら、「睡眠リズムがそれぞれ違う3人の子どもが偶然、同時に寝てくれた時に、やっと眠れると思って、嬉しさに涙が出た。そんな時が一番幸せを感じる」と答えた。
また、めったにないが、一人で買い物ができた時に何とも言えない幸せが訪れたという。
幸せを感じるってこういうことなんだなと思った。
この人の幸せのゴールってなんだろう? 聞いてみた。
うーん、と考えこみながら、いつか、医学が発展して、障害が治るとか、でもそんなこと考えると辛くなるし、そこまでではなくても、今より良くなって、独り立ちするとか、わかない。
幸せのゴールを考えるだけでみじめになる。今はただ、ゆっくりと一人で何時間か寝てみたい。
一人で買い物してみたい。 それだけ」と。
私が沈痛な顔をしていたのか、「先生がこんな風に共感してくれるだけでも救われます」と言われた。
私が慰められた。そんな強い女性に上記の問いかけをしてみた。
彼女は、しばらく考えながら、以下のように答えた。
子どもたちから言われたいこととして
「お母さんは僕たちのために、一生懸命頑張ってくれた。おかげで幸せだった。眠れない夜が続いても決して愚痴を言わず、いつも優しく接してくれた、ありがとう」
「そして何より、感謝していることがあります。それは決して僕たちが生まれたことを後悔しなかったことだ。生まれてきてくれてありがとうと言ってくれた。うれしかったよ。お母さん。本当に僕たちを生んで育ててくれてありがとう」
彼女は、きりっとした顔で、それ以降あまり大変さを語らなくなった。
それがいいことかどうかいまだに判らない。
しかし、大変な人生を少しずつ肯定し始めたのは確かだった。
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