NHKはどっちの味方?

政権側と反政権側のNHKに対する評価が正反対

雑な分け方ではあるが、私の友人に政権寄りの政治信条の人と反政権寄りの政治信条の人がいる。この人たちがNHKに対して全く正反対の評価をしていることに興味を持った。

つまり、NHKを政権にすり寄った偏った報道がなされている局と主張する人と反政権で左寄りだとする人たちがいるのである。決して中立だと言わないところが面白い。

こうした現象を社会心理学の分野ではいくつか分析がなされているが、今回は知覚心理学の観点から解説してみたい。

知覚心理学の観点からの分析

何故、「NHKの報道」が両者で真逆の評価となるのか。

知覚心理学的に言えば、NHKから発せられる多くの情報の中からこの両者は、見ているものが違うということである。

わかりやすく例えれば、ゲスト解説者が政権の内部の人であるとか、近い人であれば、確かに政権よりの話をすることが想定されるが、野党に話を聞くといった流れでは、当然、反政権という主張になる。

つまりこのどっちを見たかでNHKの評価が異なるということだ。

さらに、こういう場合がある。同じ人物の話しを聞いていても、その話の中身は様々で、そのどこを見聞きしたかで評価が変わるということである。

いずれにしても評価の違いはそもそも評価対象が違うということである。評価対象が違えば、評価が違うのは当然である。

このように様々な情報が報道にあるのに、立場の違う人たちが、同じNHKの報道番組を見ているのに、それぞれ違うものを見ているのは何故か?

知覚の性質から解説

知覚とは、このようにテレビや景色といった外界の世界をビデオカメラや写真のように複写しているわけではなく実は人は、極めて恣意的(自分勝手)に物事を見ているということである。

簡単に言うと“見たいものしか見ていない”のだ。

どうして人はありのままを見ることなくこのように恣意的に見てしまうのか?

それはそれまで生きてきた経験からの学習によるところが大きい。

人は何世代にもわたって生存競争を勝ち抜いてきた経験から、目や耳などの知覚器官から外界の情報をありのまますべてを取り入れていては、情報処理に時間がかかり、対応が遅れてしまう。

それは生存にとって不利なこととなる。より速い情報処理のためには、その状況で必要最小限の情報を取り入れて、反射的に行動することが有利となる。

そのため取り入れた情報は正確さを欠く。

時間をかけて正確さを追求するより、とりあえず早く処理する方が生存競争には有利なのである。

例えば、山を歩いていて、3メートル先に長細くトグロを巻いているものを見たら、それが“蛇”か“木の根”かあるいは“紐”かわからなくても取り敢えず、驚いて逃げれば、生存競争に有利に働く。

二分思考的に安全か危険かに対象を素早く分けるのである。

こうした特徴から人はそれまでの人生経験から、“人を見たら泥棒と思え”といった先入観を身に着ける。

山道で細長く丸くなっているものを見たら、蛇と思ってしまうようになる。

その方が安全であるのだ。安全か否かがテーマの状況で、他の無関係な情報は知覚されないのである。

同様に、例えばNHKは国営だし当然、政権寄りの報道が多いということを何処かで事前に聞くか、あるいは推察するとしても不思議ではない。

そうしたことが先入観となってある程度の知覚傾向が出てしまい、政権寄りと思われる情報をより多く知覚してしまう。

逆もまたしかりである。先入観を持つことで人は情報処理を不正確ではあるが、迅速にできるのである。

NHKに対して政権寄りと評価する人も反政権的とする人も、それまでの人生経験から知覚傾向を作り出している可能性があるのだ。