人生の落とし穴 “感染するのは、コロナだけではない”
現在、新型コロナウィルスが世界的に猛威を振るっている。ウイルスは人から人への感染で広がっていく。
ところで人の認知傾向(考え方)や行動傾向も人から人へと感染していくことをご存じだろうか。不安も暗い気分(もちろん明るい気分)も笑顔も怒りもどんどん人にうつっていくのだ。こうした経験は皆さんも思い当たるのではないでしょうか。
スタンフォード大学の神経生理心理学教室の研究報告によると人は良くも悪くも周囲の人から影響を受け、機嫌の悪い人と一緒にいると自分も機嫌が悪くなり、明るい人といると自分も明るい気分になってくる。これは意志力でも同じことが起こるらしい。衝動に負けやすい人と一緒にいると自分も衝動に負けやすくなり、自制心の強い人と一緒にいると自分の意志力も高まることが実験で明らかになっている。このように意志力すら伝染するという。つまり、自分を高めたり、成功したりしたいのなら、自分に厳しく意志力の強い人と付き合った方がいいということになる。"朱に染まれば赤くなる"ということか。
事例
上記の研究報告には以下のような事例もある。
「ある年に、米国士官学校に高校を卒業したばかりの18歳になる男子が入校してきた。士官学校に入校する新入生が所持できるのは、支給された一つのバックパックに入るわずかな荷物だけである。その中身は、小さな目覚まし時計、冬用の上着、支給された切手など、ごくわずかなものだけのはずだったが、この男子はもう一つ厄介のものを持ち込んでいた。それはバックパックに入るものではない。彼と同じ飛行中隊に配属された士官候補生たちもそれが目に見えるものではなかったので気づきません。彼が持ち込んだものの正体が分かったのは1年後でした。彼と寝食を共にして、机を並べて1年間過ごした結果、それは飛行中隊の仲間の間に徐々に感染する如く広がっていきました。そしてやがて中隊の仲間たちの健康や空軍でのキャリアを脅かすようになったのです。一体、何だったのでしょうか?天然痘や性病といった病原菌ではありません。彼が持ち込んだものは不健康な生活習慣でした。これは全米経済研究所の統計研究で明らかになったものだという。信じがたいことですが、飛行中隊で最も不健康な士官候補生に引きずられるようにして、他の士官候補生たちの健康状態が悪化したのでした。」(スタンフォードの自分を変える教室/マクゴニガル,K)
こうした例が示すように、人は知らず知らずのうちに感染症以外にも多くのものを人からうつされるのである。ポジティブなものは大いに伝染してほしいが、上記の例のような不適切な生活習慣などが広がってしまっては、個人はもとより組織ごとダメになってしまう。
対応策1;環境調整
さて、このようなことにならないための対応策をお話ししたい。人生を失敗させないためには、まずは自分の意志力の弱さを知ることである。相当自信がある人でもけっこう意志は脆い。我が道を行くと決意しても上記のように人の影響を受けてしまう。さらに意志力の最大の敵は衝動性である。特に本能的欲求に基づいた衝動性は強敵であり、例えばお腹がすいていて、目の前に大好きな食べ物が出されたら、ダイエットを決意した人や私のような血糖値制限をされている人であってもどれくらいの人が意志力を使って食べずにいられるであろうか。「今日ぐらいは、いいだろう」、「あまり無理するのもかえってよくない」など様々な言い訳を考えて衝動性に負ける人はたくさんいる。大切なことは、そもそも自分の意志力は弱いと前提することだ。したがって衝動性に負けて失敗しないために重要なのは環境調整である。
ウイルス感染だって罹患しないためには、手洗いうがいはもとよりなるべく人ごみに入らないなど外からの感染を防ぐための環境調整が有効である。また、あわせて抵抗力をつけるために十分な睡眠や栄養を取るといった体内の調整も必要となる。もしダイエットをしたいのなら、カロリーの高そうな食べ物がすぐに手に入るような場所、例えばコンビニなどには近づかないことだ。そしてあまりお腹を空かせないために、低カロリーなものを定期的に食べておくなど、外的、内的な環境を整えておくことがこの衝動性に負けない秘訣である。
理論的根拠
行動療法の原理にA→B→C分析という行動のメカニズム(下図参照)がある。B(Behavior)は行動であり、好ましいものも問題行動も含まれる。A(Antecedent)は、Bを引き出すきっかけであり、環境に当たる。CはB行動の結果(Consequence)で、すぐに得られる短期的結果と長期的結果がある。持続している行動は短期的結果に強く影響を受ける。例えば、なかなか止められない高カロリーな食行動や喫煙や飲酒などは、短期的な結果に維持強化され続けているのである。食べたり吸ったり飲んだりした瞬間においしさや気分の良さが随伴(短期)するからだ。薬物依存やギャンブル依存もこのメカニズムとされている。神経生理学では、依存行動の短期的結果は脳の報酬系の興奮ということが分かってきていて、これはかなり強烈である。どんなに意志が強くてもそう簡単にはやめられない。

実験
スタンフォード大のネズミの実験で、脳の報酬系を興奮させる電気刺激を求めるために、熱線の敷かれた上を足が焼けただれても渡って行くネズミの行動が確認されている。足が焼きだだれるという損失よりも、快楽が勝ってしまうという実験だ。人もこのようなA →B→Cが成立してしまうと冷静な判断はできなくなり、こうなると強固な意志力といえども報酬刺激を前にしては、何の役にも立ちません。
大切なのはやはりこのような強烈な衝動性を引き出さないための環境調整が有効となる。例えばパチスロにはまっている人が、目の前にパチスロ店があり、仕事まで1時間空いていて少しお金もあったら我慢できるだろうか?脳の報酬系が興奮し始めて、意志力は木端微塵に砕かれる。余程の強い意志の持ち主ならば、それでもやらずに済むかもしれないが、さらにその意思を弱めるストレスなどが加わると勝ち目はない。やはり大切なのはそうした条件をそろわせない環境調整が必要なのである。
意志が強く人一倍努力して国会議員になったとしてもひょんなことで問題行動を引き出す環境条件が揃い、衝動性に負けて○○砲の餌食になり、せっかく築いた地位と名誉を失うといったことは枚挙にいとまがない。このように長期的な結果(スキャンダルで地位や名誉を失う)を考慮に入れて衝動性に打ち勝つのは至難の業なのである。したがって、大切なのは、そもそもわれわれ人間の意志力は弱いと前提して、問題となる衝動性を引き出すような環境には近づかないことだ。 “君子危うきに近寄らず”である。
対応策2 意志力強化
しかし、そうはいっても偶然に問題行動を引き出す条件Aがそろってしまうこともある。そういう時に衝動性に負けず失敗しないためには、矛盾するが、やはり強い意志力に頼るしかない。そのようないざというときの「意志力強化作戦」これが対応策2である。
絶対におすすめなのは、強い意志力を育てるためのマインドフルネスエクササイズを毎日実践することである。詳しくは、拙者のyoutube(https://youtu.be/sSMD6cTH6gM )にアップしているのでそれを見ながら実践してほしい。
脳科学的根拠(マインドフルネスの有効性)
マインドフルネスの実践は、DLPFCを鍛え、その形状も変わる(厚みが出る)ことが分かっている。(fMRI実験で明らか)
DLPFC(背外側前頭前皮質)は、脳の司令官と言われていて、以下の働きがある。
- 恐怖や鬱のもととなる偏桃体の過活動を抑え込む。
- ワーキングメモリとの関連 DLPFCはACC(前帯状皮質)とSPL(上頭頂小葉)と関連し、知能を向上させるワーキングメモリを司っている。
マインドフルネスの実践により、集中力と意志力を鍛えれば、たとえ、条件Aがそろって衝動性が生じたときであっても、そこでとにかく10分間だけ意志力を使い我慢をする。そしてこの間に長期的結果に思いを馳せる。神経生理学の実験では、この10分間待つことで短期的結果の影響力は長期的結果の影響力と同等になる。同等になれば一時の欲求を満たすために一生を棒に振る人はいないでしょう。以上は、やめる意志力であるが、やる意志力もある(これの方が行動科学的に大切)。
私は、日ごろやらなければいけないと思っていてもなかなか勉強に集中が出来ない学生にABCと10分間ルール法をアドバイスしてマインドフルネスを実践させ、うまくいくことが多い。勉強をするという行動Bを引き出すための環境Aをまずは整える。例えば日頃、勉強は自宅でするという学生に、勉強を妨害するものを出来るだけあげてもらう。スマホ動画、ゲーム、テレビ、ゴロンと横になる、何かを食べに行く、などいろいろと出ててくる。そして学生とこれらを使えない環境調整を検討する。例えば、勉強を阻んでいるこれらすべてが使えない図書館に行き(環境調整)、その上でやる気がなくてもとりあえず10分間だけ勉強に集中する(意志力)。10分経ったらやめていいとも言うが続く人が多い。これが結構うまくいく。

対応策 まとめ
問題行動を引き起こすきっかけを作らない(内外の環境調整)。
衝動性が起きたら、それに気づき(気づく力)、10分間衝動を我慢する(意志力)これらを可能にするためのマインドフルネスの実践で「気づく力と意志力」を養う。
いかがでしたか、私はこれで結構うまくいってます。 以上
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